ゆきのココだけの話

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27歳が転機の年。女としての焦りや葛藤を乗り越えた先に見えたものとは・・・

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27歳が私の人生における転機の年。

 

大学を卒業後、1部上場企業に就職し、

営業職として働き始め、

ちょうど5年が経過した頃のこと。

 

入社して丸2年で初めての転勤をし、

仕事にもすっかり慣れ、

気付けば営業成績も上位の常連に。

 

将来的に結婚し家庭を持ったとしても、

定年まで勤め上げるつもりでいました。

 

でも、27歳を迎えた年、

私は大きな選択をすることになるのです。

 

母が倒れた

  

私は総合職として入社し、

2~3年毎に転居を伴う全国転勤が

余儀なくされる立場。

 

当時50代の母が突然倒れた時には、

たまたま実家のある青森県内の支社で

仕事をしていたものの、

何かあった時にすぐ駆け付けられるような

近い距離ではありませんでした。 

 

電車2本、バスを乗り継いで、

片道3時間半以上の距離。

 

母の病は原因不明と言われ、

長期で検査入院することに。

 

当時、両親二人だけで

小さな飲食店を経営していたのですが、

母の体調は悪くなる一方。

 

父も精神的に不安定になり始め、

誰かが側にいて支えないと、

厳しい状態になっていました。

 

上司に相談し定時退社させてもらい、

病院、実家、職場を行き来する毎日。

 

定時退社しても実家に着くのは21時過ぎ。

 

朝は5時台の始発電車に乗り、

始業時刻ギリギリに会社に到着。

 

そんな生活が2ヶ月続いた頃、

母が転院することとなり・・・

 

母の手術日、初めて使った有給休暇

 

転院しわずか3日後、緊急手術。

 

病はかなり進行しており、

あと少し気付くのが遅ければ、

手術さえできない状態だったと聞き、

憤りを感じたその日と翌日、

27歳にして初めて有給休暇を使いました。

 

長時間に及ぶ手術中、

薄暗い病院の廊下で助かると信じ、

父と2人待ち続けていて・・・

 

涙を堪えるのに必死だった私は、

翌月受ける予定の資格試験の問題集で

顔を隠し平静を装っていました。

 

その時、ふと我に返ったのです。

私、何しているんだろうと。

 

27歳の私はとにかく焦っていた 

 

営業の仕事が向いているとは、

微塵も思いませんでしたが、

やればやるほど結果が付いて来るにつれ、

仕事に対する面白味も増し、

上を目指すようになっていきました。

 

休日も資格試験や通信講座で自己啓発、

週末に自宅へ届く業界紙を読み込み、

ライバル企業の動向もチェック。

 

同期の誰よりも先に昇格し、

将来的には女性初の役員を

目指したいと本気で思い、

とにかく焦っていました。

  

目の前のことだけに必死だったんですね。

 

そこまで焦っていたのには、

もう一つ理由があって・・・

 

27歳。初めての結婚出産ラッシュ到来。

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当時、一人暮らしのアパートのポストに

頻繁に届いたのはピザハットのチラシと、

友達や会社同期からの結婚式の招待状。

 

そして、赤ちゃん誕生の報告ハガキでした。

 

大卒の友人や同期の結婚出産ラッシュが、

27歳で初めて到来したわけです。

 

私は後に夫となる彼と、

付き合い始めて3日後に母が倒れたので、

結婚や出産など考えられなかったのですが、

友人や同期の幸せ報告が相次ぐと、

さすがに女としての焦りも感じ・・・

 

消化しきれない悔しさや焦りを、

同期の誰よりも早く出世することで、

解消させようとしていたのです。

 

27歳、考え方が自分本位だと気付く

 

ここまで読んでいただいて、

気付いた方も多いかと思いますが、

27歳の私の考え方、自分本位です。

 

何をするのにも主体は自分。

 

結婚出産ラッシュの焦りを解消したい、

誰よりも早く出世したい・・・

 

最愛の母が緊急手術となった日に、

自己啓発のための資格試験の問題集が

カバンに入っている・・・

 

病院の廊下、母の手術中に

問題集で顔を隠した時、

私は家族の命がかかっている時ですら、

仕事のことを忘れられなかったのかと、

ふと我に返り、自分自身に呆れ、

ようやく自分本位の考え方だけで、

生きてきたんだなと気付いたのです。

 

常に他人と自分を比較し、

無駄に焦り、勝手に劣等感を覚え、

それだけをバネに生きてきたんだなと。

 

自分がここまで生きてこられたのは、

家族のおかげだというのに、

自分のことしか考えていなかったと、

27歳にして初めて気付いたというわけです。

 

恥ずかしい話ですよね。

 

27歳、キャリアを捨てる覚悟をした

 

母の手術は成功したものの、

退院後、日常生活を送れるようになるまで、

3ヶ月以上はかかるだろうとのこと。

 

職場の介護休暇は当時の規定では、

介護対象者が要介護認定をされていないと

取得できない上に数ヶ月しか利用できないもの。

 

実家の飲食店は夕方から22時頃までの

数時間だけ営業していたので、

日中は父や叔母が母の側にいられますが、

問題は夜なわけですね。

 

定時退社しても、

21時過ぎでないと実家に着かない状況では、

全く意味が無い上に、

残業が出来ない状況では、

同僚にも迷惑をかけ続けることになります。

 

そこで、キャリアを捨てる覚悟をしました。

 

27歳、一般職へ転換することに

 

突然のことで頭も回らず、

介護休暇も取得できないのであれば、

もう会社を退職するしかないと思い、

上司に退職の意向を伝えたのです。

 

今まで家族のことを顧みず、

自分本位の生き方をしてきた分、

恩返しをしたい一心でした。

 

すると上司から意外な一言が。

 

「なぜ辞める?辞めなくても、

一般職に変えれば実家から通えるだろ。」

 

完全に盲点でした。

 

女性初の役員という夢は断たれ、

基本給も下がるものの、

夢中で取り組んでいた仕事は続けられ、

実家で親と暮らすこともでき、

突然辞めて会社に迷惑をかけることもありません。

 

総合職から一般職へ転換する

役員面接試験を受け、

数ヶ月後、実家から通える支社へ

転勤となりました。

 

その7年後、介護のため退職したのですが・・・

 

SK-Ⅱの動画から感じたこと 

 

特別お題「『選択』と『年齢』」

Sponsored by SK-II

 

20代の7割の女性が30歳を迎えるのに、

不安を感じているとSK-Ⅱの調査でわかり、

この動画を作成し公開することで、

年齢による期限なんて無いということを、

訴えかけているそうです。

 

私自身も25歳を過ぎた辺りから、

意味もなく将来への焦りを感じ始め、

他人と自分自身をよく比較し、

勝手に劣等感を覚えていた記憶があります。

 

特に27歳の結婚出産ラッシュは、

正直、心に重くのしかかるものがありました。

 

でも、人それぞれ置かれている立場、

環境、境遇が違うのは当たり前。

 

周りがどんな人生を送っていたって、

自分には関係のないことなのです。

 

まあ、そうは言っても、

29歳の駆け込み結婚ラッシュも、

結構辛かったですけどね・・・

 

SK-Ⅱで訴えかけているように、

30歳を迎えるからこうだとか、

まだ20代という若いうちから、

年齢によって選択肢を自ら削るというのは、

私もちょっと違う気がします。

 

「人は人、自分は自分。」

 

わかっていてもそう思えないのが、

とにかく無我夢中の20代なんですよね。

 

でも、漠然とした焦りや葛藤は、

ふとしたきっかけで、

不思議と自然に乗り越えられるもの。

 

自らの選択肢を自らの手で削ることなく、

今できることを精一杯やり、

30歳を迎えられれば、

大成功なのではないでしょうか。